Witness Lee ウイットネス・リー (1905-1997)

 ウイットネス・リーは、1905年中国北方で生まれ、クリスチャンの家庭で育てられました。19歳の時に、彼はキリストのために完全に捕らえられ、残りの生涯で福音を宣べ伝えるために、すぐに自分自身をささげました。奉仕を初めたころ、彼は有名な伝道者、教える者また著述家であるウオッチマン・ニーと会いました。ウイットネス・リーは、ウオッチマン・ニーの指導の下で、彼と共に労苦しました。1934年にウオッチマン・ニーは彼の出版事業の責任をウイットネス・リーに委任し、それは「上海福音書房」と呼ばれるようになりました。
 1949年に共産主義者が政権を掌握する前に、ウイットネス・リーは主によって彼らに伝えられたものが失われないように、ウオッチマン・ニーと彼の他の同労者によって台湾に送り出されました。ウオッチマン・ニーは台湾福音書房として彼の出版事業を海外で続けるようにウイットネス・リーに指示しました。それは中国の外でのウオッチマン・ニーの働きの発行者と公に認められるものでした。台湾でのウイットネス・リーの働きは、主の豊富な祝福を現しました。台湾に在る諸召会は、本土から新たに逃れてきたほんの350人の信者たちから、5年間で20,000人にまで増加しました。
 1962年にウイットネス・リーはアメリカ合衆国に行くようにとの主の導きを感じ、そしてカリフォルニア州に定住しました。35年間にわたるアメリカ合衆国での奉仕の中で、彼は毎週の集会と週末の特別集会で供給し、何千というメッセージを語りました。彼の語りかけの多くは、その後四百冊以上の本として出版されています。その多くは、14以上の言語に翻訳されています。1997年2月、彼が91歳で行なった特別集会が最後の公開の集会となりました。
 彼は、聖書の真理の実り多き提示を残しました。彼の主要な業績である聖書のライフスタディは、信者たちが、聖霊を通して、キリストの中の神の神聖な命を享受し、経験するという観点から書かれた、25,000ページ以上にわたる聖書全巻の解説です。ウイットネス・リーは、回復訳と呼ばれる中国語の新約聖書の新しい翻訳の編集長であり、また同じものの英語への翻訳を指導しました。回復訳は、他の数多くの言語でも発行されています。彼は多大なフットノート、アウトライン、霊的な引照聖句を提供しました。彼のメッセージは、アメリカ合衆国のクリスチャンラジオ放送局で放送されています。1965年に、ウイットネス・リーは非営利団体であるリビング・ストリーム・ミニストリーをカリフォルニア州アナハイム市に設立しました。これは公式に彼とウオッチマン・ニーの務めを紹介する機関です。
 ウイットネス・リーの務めは、命であるキリストと、キリストのからだである信者たちの実際の一の経験を強調します。その両方に注意することの重要性を強調しつつ、彼は顧みの下で召会がクリスチャン生活と機能において成長するように導きました。彼は、神のゴールは狭い分派主義ではなくキリストのからだであるという確信において決して妥協しませんでした。やがて、信者たちはこの確信に応じて、単なる地方の召会として集会し始めました。近年、数多くの新しい召会が、ロシアで、また多くの東ヨーロッパ諸国で興されています。

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