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ピリピ人への手紙第3章10節

「キリストと彼の復活の力と彼の苦難の交わりとを知り、彼の死に同形化されて」。

 

キリストを知る

パウロは、彼自身の義ではなく、神からの義を持つ状態の中に生きました。それは、キリストと彼の復活の力と彼の苦難の交わりを知る(経験する)ためでした。8節(8節)の、キリストを知る知識の卓越性を持つことは、啓示によります。しかし、ここでの彼を知ることは、経験―キリストの経験的な認識を持つこと、キリストを知る十分な知識の中で彼を経験することによります。パウロはまず、キリストの啓示を受けました。次に、キリストの経験―経験的な方法でキリストを知り、享受することを求めました。

キリストの苦難の交わりを知る

これは、キリストの苦難にあずかること(マタイ20:22―23.コロサイ1:24)、彼の死に同形化されることによって、彼の復活の力を経験するための必要条件です(IIテモテ2:11)。パウロは、キリストご自身の卓越性だけでなく、彼の復活の命の力と苦難にあずかることをも、知り、経験することを追い求めていました。キリストには、苦難と死が先に来て、復活が続きました。わたしたちには、彼の復活の力がまず来て、彼の苦難の交わりと彼の死に同形化されることが続きます。わたしたちはまず、彼の復活の力を受けます。次に、この力によって彼の苦難にあずかり、彼の死に同形化され、十字架につけられた命を生きることができます。そのような苦難は、おもにキリストのからだを生み出し、建造するためです(コロサイ1:24)。

キリストの死に同形化される

これは、キリストの死を生活の鋳型とすることです。パウロは、キリストが彼の人の生活で生きられたように、絶えず十字架につけられた命、十字架の下の命を生きました。そのような命を通して、キリストの復活の力が経験され、表現されます。キリストの死の鋳型は、キリストが絶えず彼の人の命を死に渡して、神の命によって生きられた経験(ヨハネ6:57)を言います。わたしたちは人の命に死に、神聖な命を生きることによって、わたしたちの生活が、そのような鋳型に同形化されなければなりません。キリストの死に同形化されることは、彼と彼の復活の力と彼の苦難の交わりを知り、経験する条件です。

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