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Life Study  ライフスタディ

ウイットネス・リーは、出版の働きの中で1974年から1994年にかけて「聖書ライフスタディ」と呼ばれる全聖書の解説を執筆し、極めて重要な務めの働きを完成しました。この全37巻、2,226のメッセージ、21,219ページ(英語版)の一連は、神の子供たちに与える「キリストの計り知れない豊富」(エペソ 3:8)、無尽蔵の宝庫になりました。(聖書ライフスタディ販売元 JGW日本福音書房
務めの本から抜粋

 無数の聖書が配布されてきました。今日あなたはどこに行っても聖書を見ますが、だれが聖書の中に入ったでしょうか? ほとんど入り口はありませんでした。多くの人は聖書を持っていますが、その聖書は閉ざされ、ほとんど開かれたことがありません。今や主はわたしたちにかぎ、開くものを与えてくださいました。わたしはわたしたちの書物を、聖なる御言を開くものであると考えます。あなたがたのうちライフスタディメッセージを読んだことがある人は、回復訳のフットノートがあるこれらのメッセージが聖書のある章、あるいはある書を開いたと、正直に証しすることができます。これは聖書に置き換わるのではなく、人々を聖書の中にもたらすのです。(「長老訓練 第3巻」 第10章 JGW日本福音書房)

 基本的な真理がわたしたちに提示され、多くの命の養い、特にライフスタディメッセージが印刷されてきました。さらに、障害物がほとんどすべて取り除かれました。わたしたちの学びは今やとても明確であり、すべての書がわたしたちに開かれています。採掘することで、最も困難な事は鉱脈を開くことです。いったん鉱脈が開かれ、宝が現れると、その宝を掘り出すことは容易です。わたしは、さらに掘るというこの一つの事をあなたがたに残しました。一定の期問を経て、あなたがたの多くが「うまく掘る人」になるとわたしは信じます。わたしたちがライフスタディメッセージを出版した目的と目標は、鉱脈を開き、あなたがたが前進して掘ることです。
 ある人たちはわたしたちを罪定めし中傷して、わたしたちはライフスタディメッセージあまりにも多く用いるので、聖書以上のものにしており、聖書のようにさえなっていると言います。わたしたちは、聖書を学び、聖書を教える人たちのだれが、注解書、解説書、その他の書物を決して使ったことがないのかと尋ねなければなりません。注解書や解説書は聖書に置き換わるためでなく、聖書を開くためです。聖書はわたしたちが入り込むのに幾らか難しいのです。参考書の助けを必要とすることは、聖書を参考書と置き換えることを意味するのではありません。ライフスタディメッセージを読んだことがある人は、これらのライフスタディメッセージと回復訳、すべてのフットノートに触れる時はいつも、聖書は開かれると証しすることができます。ライフスタディメッセージと回復訳は、わたしたちに養いを与えるだけでなく、それらは開くものとなっています。(「長老訓練 第3巻」 第9章 JGW日本福音書房)
 わたしは何年間も、聖書の真理を追求することに打ち込んできました。ローマ人への手紙第8章は1954年以前にわたしに開かれたかのようでしたが、まだわたしに隠されていたことを認識しませんでした。ローマ人への手紙第8章でわたしたちは、手順を経た三一の神が、彼の贖われた三部分から成る人の中にご自身を分与し、この人を命の人としておられる、すなわち、まず彼の霊が命であり(10節)、次に思いが命となり(6節)、最後に命が死ぬべき体に与えられる(11節)ことを見なければなりません。あなたはそのようなビジョンを見るまで、決してローマ人への手紙第8章の中に入ることができませんでした。そのようなビジョンがなければ、ローマ人への手紙第8章はあなたに隠されており、閉ざされています。しかしながら、いったんそのようなビジョンを受けたなら、あなたは養いだけでなく、照らしを受けるでしょう。あなたはローマ人への手紙第8章を開くかぎを受けます。これは聖書と置き換えることではありません。これはローマ人への手紙第8章をライフスタディメッセージと置き換えることではなく、ライフスタディメッセージから助けを受けて、ローマ人への手紙第8章の中に入ることです。(「長老訓練 第3巻」 第5章 JGW日本福音書房)

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